【報告】これで今年の子育ての悩みはほぼ解消!? 保育士おとーちゃんから使えるフレーズ「どうしたの」「あぁそうなんだ」


2017年12月4日「保育士おとーちゃんに聞いてみよう『つい叱ってしまう私、どうしたらいい?』」お申込26名/参加22名! おかげさまで盛会のうちに終えることができました。「保育士おとーちゃん」こと須賀義一さんはもちろん、ご参加いただいた皆さま、協賛や告知に協力いただいた皆さま、そして一緒に企画運営してくれたメンバーに、改めて感謝申し上げます。

お申込時に「今相談したい子育ての悩み」を募集したところ、深く率直な声が多く寄せられました(下の画像参照)。



「分かる……」「みんな悩んでいるんだな……」子育て経験ある皆さん、それぞれの葛藤の中に共感していただける部分があるのではないでしょうか。

「深い悩みも出ているから、しっかり応えたいね」保育士おとーちゃんの提案もあり、講演部分は無くして「2時間ほぼすべて、途中挙手もOKな質疑形式の相談会(リッチ!)」として執り行いました。

現時点の参加者アンケートは「満足」100%! 悩みも「ほぼ解消された」以上で100%! 「解消されなかった」がなく安堵しております(保育士おとーちゃんパワーすさまじいです)
参加者アンケートに未回答の方:こちらのリンクでまだまだ受け付けております。会を反芻して回答いただけたら大変励みになります


改めて当日の録音データを聞いていたのですが、保育士おとーちゃんの「いいんだよ」に包まれるような……言葉の運び方とメッセージ、決して「こうすべき!」という押しつけはなく、「叩いてしまう」といった告白も否定しない、それでいて「そうか、そういう考え方や方法もあるんだ」と目が開かされるような……会場では涙がこぼれている方も多々いらっしゃいました……

保育士おとーちゃんの子育て論が、親や義務教育の必修科目になればいいのになぁ、なんてことも思うほど、日々子育てに向き合っている誰しもに、届いてほしいキーワードが盛りだくさんです。当日の会の様子、何か心に残れば幸いです。

◆「天邪鬼なお喋りが延々と続く娘にイライラ、成長過程か個性か、どうしたらいいのか」

母「保育士おとーちゃんの方法で以前よりは楽になったんですが……」

おとーちゃん「何をしたら楽になったの?」

母「くすぐり遊び、可愛がれる時は可愛がって怒れる時は怒ってもいいやと諦めた、それで良くなってきたかな」

おとーちゃん「そこで良くなった理由は、肯定がもらえたことなんだよね。幼稚園ではどう? 友達と遊べていないとか、何かある?」

母「私もやりたいとか、想いが強い感じで」

おとーちゃん「積極的なタイプだね」

母「積極的で天邪鬼で、先生や周りもうざそうだったり……その姿も見ていて可哀想、やめたほうがいいのにと」

……と、実際の相談はキャッチボールで進められたのですが、この報告記事では「保育士おとーちゃんの言葉」を軸に、もう少し簡潔にまとめてしまいますね。
親子は似るんだよね。そして親から目につくのは、似ていて困るネガティブな部分。親は自分の経験から直してあげたくなるけれど、大人がどうこうしても本当の意味では解決しない。
それを乗り越える方法は、基本的に「失敗すること」なの。「失敗させたくない」と思うけど、失敗するしかないんだよね。
我が強くて失敗すると思う人、引っ込み思案で失敗すると思う人……でも結局「その性格では困るから直してあげたい」というアプローチは、いくら親の善意でも、子供からすると「今の自分を受け入れてはくれないんだ」自分の否定に見えてしまう。
親ができるのは、実は、理解してあげること。「私もそういうネガティブなところあるから、あなたのそういうところも分かるよ」ネガティブさを乗り越えるのは、身近な人が、信頼してくれる人が、受け止めてくれた時「ダメな自分でも受け止めてくれる人がいた」が乗り越える力になる。積極的に肯定する必要はない。否定でもなく、肯定でもなく、ただ見ていてあげる。それで子供は楽になる。
小さいうちから直そうと頑張ると、積もり積もった「受け止めてもらえなかったわだかまり」が思春期ごろに出てきます。受け止めて、子供が楽になったメリットはすぐに見えてこないかもしれないけど、それがお互いが楽な近道。
もっと子供の姿に難しさが出ているならまた考えましょう、何とかなっているなら今は信じてもいいんじゃないかな。ほっとけるのは信じているから。子供が自身で一番いいものを選べる。ネグレクトは困るけど、ほっとけるを目指す。100%は目指さなくていいから。

◆「来年からの幼稚園、オムツ外しなど子供へのストレスが心配、受容不足もあるのか」

本来はオムツしていても(子供本人が)楽しいほうがいいし成長は必要な時に追いついてくると思うけど、幼稚園や先生は変えられないから、子供に寄り添うしかない。「大変だね〜」どこか他人事のようにとらえてあげること。それが現実的な解決。受容や親のアプローチが足りないのではなく、実際は逆です。親が過剰に心配すると子供も不安になって、親に乗っかる形で「依存」してしまう。
先生と呼ばれる人は「こうあるべき」と理想像を持っていて頭が固い人も多いです。理想の枠に入らないことを許容できない、実は子育てが下手かもしれない。現実の子供は枠に入らない。きっちりしようとするとうまくいかない。
幼稚園の世界は子供の世界。親の世界じゃない。子供が乗り越えるべき課題がそこにある。大丈夫、乗り越えてしまえば笑い話になるから。「保育園に12時間」とかだと園の影響も大きいけど、幼稚園程度の短い時間なら、ストレスになっても家で解消できる。ひとつの経験と思っていい。

◆「『こうあるべき』論者の夫、自分の育てられた教育方法や躾を推奨し『お前は甘い』」

強い躾を受けた子供は溜め込んだ思いを、出せるところ=お母さんに「依存」として出します。愚図り、ワガママ、お父さんから見ると「お母さんが甘いせい」と見えるけれど、その原因はお父さんにあるんですよね。ただ、そういうスタンスの人からは因果関係が理解できない、だから難しい……でも、子育てはダブルスタンダードでも割とどうにかなります。「祖父母が甘くて困る」という相談も同じで、関わる時間が長くなかったり、バランスが取れていれば大丈夫。
「お父さんは嫌われて当然と言う」「親と関わりが深いほうが子供は伸びるとう研究データを見ても信じない」……どうあっても自分がされた関わりをせずにはいられない、そうしないと自分がされたことを否定することになる、という心理。虐待レベルで育った子が、親を肯定するために、子供を虐待することもある。子供はみんな親が好き、親を肯定しようとします。親からされたことをなぞることで「親を否定したくない」理屈では変えられない面も大きい。お母さんが大きな気持ちになって「仕方ない、お父さんのバランスもとってやるか」と娘さんの気持ちを受けてあげてバランスを取れればいいけど。
強い関わりをする人といると、だんだん伝染することがある。両親で一緒に怒っちゃったりすると子供はしんどいから、そこは気にしてあげて。

◆「夫の叱り方が不満。自発的な片付けを待てず捨てると脅す、母の怒りに便乗する」

「お父さんは怖い」というレベルで止まっていれば、父子関係がこじれていなければ、ダブルスタンダードでもきっと子供は理解してくれる。子供は基本的に怒られたら心のシャッターガラガラ閉まります。特に複数人に怒られたら……「自分が叱っているところで入らないでほしい」とお父さんに優しく伝えるか、それでもお父さんも一緒に怒ってきたらお母さんはフェードアウトしてバランスをとっていくか。子供は「怒る人もいる」「許容してくれる人もいる」とバランスをとっていけるから。でも母親のストレスは消えないよね。
「片付けないなら捨てる」は、支配の関わり。嫌なことされるからしなくなるだけで、それで人は伸びるかと言ったら伸びない。「自分がいればその子はその行動をしない」大人からは分かりやすい状況を作ることはできても、自発的にやる子にはならない。でも日本の子育てはそれを繰り返してきたから、そういう関わりをしてしまう保育士や学校の先生もたくさんいるのが現実。

◆「親の前でお菓子を散らかしたり、友達を叩いて先生に怒られたり、子供の姿が心配」

程度や個性は実際に見ないと分からない部分もあるけれど、これも子供自身が気づいて解決しないと直らないよね。まずは許容しちゃっていい。親の「解決しなきゃ」という気持ちを負担にしない。子供がお菓子の袋を開けようとしています、でもうまく開けられない……見てるとイライラするよね、手伝いたくなっちゃう、人間の心理として当然。どうしても手を出したくなる人、「見ない」という選択枝を持とう。気になって見ちゃう、見ていたら放っとけなくなっちゃう、でも放っとけば子供なりにやるから。ガラス割るとか困ることは手を出していい。でもお菓子をバーッぐらいは……いいじゃん、そういう小さいレベルから練習しよう。
友達とトラブルになって先生に注意される、本人が学ぶ「外での経験」だから。親が先生と一緒のことしなくていい。ほとんどのことは時間が解決してくれるから。
「何でも大人が解決すべき」「私がダメな親と見られるんじゃないか」「私が直さなければ」そういう意識が日本の子育てを難しくしている原因のひとつ。そんな考えにならなくていい。でも今の日本社会は厳しいので、他人の目線が厳しくて自分がしんどい状況なら、いいよ周りに合わせちゃお。でも、周りを気にしなくていい状況だったら、放っとこ。自分本位でいいです。自分が楽な関わりしちゃっていい。それが大事かな。
障害の可能性については、例えば3歳ぐらいでは一般的には専門家でも伝えられないし伝えない、1年後2年後になくなることもあって信頼関係を損なうから、ここで軽々しくは言えないのね。あまり気になるようだったら区の発達相談等に行ってもいいかもしれない。中には、こだわりや障害を母親にしか出さないという分かりにくいケースもある。

◆「“女の子”が苦手な自分、プリキュア・お姫さま・ピンク……を娘に与えねばと葛藤」

現状は、親が無理せず好きに関わればいい。小さいうちは自分の家庭しか分からないから窮屈と思わないはず。大きくなって「窮屈!」と言ってきたらそこで考えればいいし「うちのお母さん女の子に理解ない」と友達に愚痴を言って解消できるレベル。「男の子を許せない」性を否定してしまうほど深刻なものだと、何かねじれを持って生きていかなきゃいけないけど。
「将来失敗しないために今解決しよう」と考えて子育てしなくていい。日本の子育ては、「3歳の幼稚園で失敗しないように1歳のうちに友達と触れ合う」といった流れになっているけど、本来は全然必要ない。今貸し借り出来なくても、必要な年齢で失敗しながら学べばいい。それが本当の人間の学び。将来問題がでたらその時に悩めばいいし「私は得意じゃない」1:1の人間として関わって問題ない。虐待された子供だって親を肯定しようとする。今悩んでいる姿がそのまま、子供のことを一生懸命考えている気持ちだから。「女の子に理解ない」と言っても、お母さんを信じていないわけじゃない。そこは信じて大丈夫。
協調が苦手な子は外国に出る道もある、先々の心配をあまり大きくしなくてもいいんじゃないかな。もし僕も息子が同性愛者だとカミングアウトされても「幸せになって」と思える。色々な個性があって全然いい。「あぁそうなんだ、幸せに生きてね」と思えるのは、ある意味では親自身が安定的な人格であること。「どんなあなたであっても、私は受け入れます」子育ての究極の扇が隠れています。

◆「甘やかす/受け入れる、線引きが難しい」「“どんなあなたでも”と思っていても、怒ったり叱ったり、内心嫌だったり、対応に迷いがある」

「私は嫌だ」と思っていることを渋々受け入れるのは「甘やかし」。嫌々対応されていると感じると「甘やかし」となって「依存」が出る。お父さんお母さんが本当に肯定してくれているのはどこなのかが分からなくなる。すると大人から見ると悪い姿が色々出てくる、甘やかしの深刻なケース。 
「ジュース飲みたい」に一番甘いなと思うのは、フィリピンのお母さん。でも「どうぞどうぞ」と飲ませているから、歯はボロボロでも子供の精神は安定している。他に、中国の甘やかしはヨイショヨイショしていて子供が自分勝手になる傾向はあるけど、ジュースやお菓子等の日本で言われている甘やかしが子供をおかしくするわけじゃない。イライラを我慢しながら対応すると、子供はおかしくなる。
例えば、ルールなり教えたくて「あなたは家に入れない」……は人格に対する否定に近い。「あなたのことは嫌いじゃないけどそれは困る」と物事を軸に伝える。怒られ慣れしている子や拒絶反応がひどい子にはもっと困ることを明確に持って回った言い方をする。物事と人格を一緒くたに叱らないよう注意。
洋服の「これを着る」という要求、「そうなんだ〜私の選択肢とは違うけど」と言いながらも許容できる範囲なら、子供が選んだ服でいいんじゃない? 某園に通う子供たちはブランドの服を着てどろんこで遊びます。親が構わないならいい。でも我慢しているならアンビバレント。私基準でいきましょう。
周囲に合わせてお菓子等をあげる時、おっかなびっくりやると依存する。あげると決めたら割り切って気持ちよくあげちゃおう。渋々あげて後からグチグチ言うと子供は傷つく。
日本の父母は「イライラを出しちゃいけない」我慢することを考える。でも我慢してわだかまわりが消えてなくなることはない、どこかでドーンと出てきちゃう。我慢しないで出していい。「私はそれでイライラする、どうするかあなたが考えて」自己開示する、ちゃんと私が思っていることを出す、カードを出す。やるかどうかは子供にまかせる。すぐに対応できるわけでも100%できるわけでもないけど、そうやって子供に考えさせる信頼関係があると、時間はかかっても、いい姿が出てきます。プラスで子供の姿を積み重ねることができて、子育てが安定しやすいです。
「怒りすぎた」「子供に悪かった」大人は優しいもんだから、そのある種の失敗を埋め戻してあげようと思っちゃう。でも、子供はその必要はない。むしろ「さっきは申し訳なかった」とジュースを飲ませたら「依存」になっちゃう。穴を埋めようとしなくていい。次にステキな小山を作ればいい、いい関わりをすればいい。すごいことじゃなくていい、一緒にご飯を食べて「美味しいね」ニッコリできたら、子供はそれでバランスがとれる。
「ご飯食べさせて」と言われて余裕がないのに我慢してやっているなら、「甘やかし」で「依存」。でも気持ちよくできる時なら「これは甘やかし?」なんて考えずに、やっちゃって問題ない。ここも私本位でいい。園でもそういう姿だったら別の問題。でも他では自分で食べているなら安心して、無理な時も「今はだめ」と自然に言えばいい。
3歳から4歳にあがる時に乳児から幼児へのステップアップ、5〜6歳頃に学童期へのステップアップがあります。「揺り戻し」と呼んでいます。ステージが変わることを子供自身もよく分かっていて、その前後に一度、幼い姿が出てきます。よくあるのが「ごはん食べさせて」「着替えさせて」それは確認作業。自分はステップアップしてもいいのかな、赤ちゃんの課題に全部チェックがついたかなと、一旦甘えが強くなります。この時にチェックがもらえたらステップアップできる。ドーンと成長する。

◆「兄が妹を叩く。兄を叱らないと妹に影響ありそうで心配」

彼女の強さでクリアできる! 「上の子を私が何とかしなきゃ」は横に置いて、「ちょっと大変だけど、あなた(妹)素敵なもの持ってる、がんばって」しばらくは妹やられちゃう、でもそのうちやり返す。時間が解決する。「私が解決しなきゃ」と思うと解決しない。噛むとか危険なことは防ぐ、彼女が助けを求めてきたら受ける、それぐらい。受容不足だと思わなくていい。上の子の問題を「私がかわいそうにしている」「受容が足りない」と思うと依存が強くなって、何かを出すことでお母さんに解決してもらうことが癖になる。彼に乗り越えさせてください。
具体的には「だめ」「やめて」で入ると「否定された」と余計ネガティブになる。「どうしたの」で入る。止めつつも「あなたの気持ちを受け止める準備もありますよ」シャッターガラガラ閉まらない、何か言ってきたら「ふーんそうなんだ、がんばってね」フェードアウトでいい。すると「僕の問題なんだな、僕が考えて解決しなきゃ」となる。叩いたら良くないなんて本人も分かってる、自分で考えてピタッと止まる日が来る。その子の姿を否定のパーツで組み立てていくのが日本の子育ての主流、本来は肯定を送ることで安定して伸びていくことができます

◆「自由奔放を許している影響で、友達の家では厄介者。対応や人付き合いに悩む」

そこも「私の楽」を選んじゃえ。あなたがしんどいなら、子供が小さい時の人間関係はずっと続くわけじゃないから、疎遠になったって何の問題もないから、私本位でいいよ。無理のないところを。

◆「友達に物を取られても拒否も文句もなくて心配、本当は使いたそうなのに」

ある種の個性でしょう。ネガティブに見れば「弱さ」でポジティブに見れば「優しさ」。ネガティブさを肯定してあげる。解決しようと思うのでなく、いいわと言ってあげる。「優しいんだね」「素敵だと思う」それがその人の乗り越えていく力になる。
親として取り返してあげたくなっちゃったら……見ない!(笑)。もし子供が「取られて嫌だ」と思っていても、その経験を取らない。そのうち「嫌だ」と言うのを楽しみに待ってて。それでも、いつになっても言わなかったら「本当にこの子は優しい子ね」と、また肯定してあげよう(笑)。

◆「母親の顔色ばかり伺っていた自分の幼少期、子供に同じ想いをさせていないか不安」

本当に子供に顔色を伺わせるようにしてしまっている人は、その人に自覚がない。親に自覚がないと、子供はしんどい。もしいい子にさせてしまっていても、自覚があればそれで子供は救われる。 
信頼関係があって寄り添った気持ちでがんばってくれているように思うので、むしろ「色々がんばってくれてありがとうね」ポジティブに見てあげると自己実現しやすくなる。本当に支配する人には「決して自分を受けてくれない、冷たさで返される」と、ゴネや愚図りを怖くて出せない、出せてるなら問題ない。

◆「お出かけ前、上の子は『早く早く』下の子はゴネて、いつもケンカ」

お母さんへの依存がそこにあるんだよね、お兄ちゃんが「早く」と言ってるのは、下の子のゴネを「あなた(お母さん)が早く解決して」と言っている。なので「見て、ゴネてるよね」「どうすればいいと思う? 手伝ってちょうだい」家族の問題にする自立心が伸びるから。そして、がんばってくれたお兄ちゃんの姿に「私が無理をさせてる」と思うのではなく、「あぁ助かる! 頼りになるわ」と肯定的に見ることで、依存から自立になる。

……いかがでしたでしょうか。もっと端的にまとめたくなったり、まとめることに躊躇したり……最終的に当日の流れを踏襲する形で、だいぶ長くなってしまいました。

「保育士おとーちゃんの伝えたいことってこんなことだな」と感じてもらえたでしょうか。読んでくださった方の「今の子育ての悩み」も、少し軽いものになっていますように!

しかし、実際に自分の悩みを伝えられる、生での相談に勝るものはなしです。
保育士おとーちゃんに直接相談する窓口もありますが……まざるテラスでの相談会もまた開催できたらいいなぁ、と考えております。

以下、アンケートより一部抜粋して紹介させてくださいm(_ _)m
子供の性格を直そうとしなくていい、子供に失敗をさせて学んでもらう、親はそれを見守り励ましていけばいい、深く納得し共感しました。このように子供に対応することで親の自己肯定にも繋がるのかなと思いました。私もこのままでいいと言われてるような……見ないフリをあれから何回もしています(笑)以前は怒っていたことも今は心の中でガンバレーと応援する気持ちが増えてきて、気持ちが楽です。なぜかあの場にいて、何もしてないのに涙が湧き出るような気持ちになりました。安心できる癒しの場でした。
悩んでるのは一人ではない、と思えることは孤独な母親には力になると思いました。他の方の悩みも共通する部分があり、勉強になりました。
今しかない愛くるしい時期を、楽しく大切に出来るように。可愛い姿を素直に出せる子にしてあげたいなぁ。と思います。私のモチベーションが上がってます!! 素敵な会に参加させていただきありがとうごさいました。
他の方の相談の回答を伺ううちに自分の中の疑問も解消されました。何か子育ての芯の部分に触れたような気持ちになりました。元が周りを気にしたり心配性の性格だったので、おとーちゃんさんのブログや今回の会に参加出来ていなかったら子育てが全く違う形になっていただろうなと思っています。 おとーちゃんさんと主催者の方々に感謝いたします。
やはり生はすごかった、と思いました。とにかく必要な瞬間に思い出して実践しようとしております。思い出さないことは多く、これぞ「気づき関係者」の「気づきが間に合わない」状態だと思いますが。 
終わって帰り、子どものことは好きだと思っていましたが、改めて大好きだなと愛おしく思えました。心がうきうきして軽くなったのを覚えています。 どうしたの?さっそく使っています。 どうしたの?そうだったんだねーで終わらせて様子を見ているとそのあと姉弟で仲良くやっていました。自分のイライラも今までは押さえていましたが、子供に伝えるようにしたら子供も応えてくれて、言えばわかってくれるんだなと思いました。 自分のこころも楽になりました。
遅くなったのは、悩みが軽くなったのは、ただしゃべれたからなだけなのか、それとも自分自身がちゃんと何かを消化できたのか、すぐに判断出来なかったからです。毎日考え続けましたが、恐らくは以前より前進できたのではないかということでお送りしています。怒った後に埋め戻すのではなく大きな山を、という言葉は特に印象に残っています。怒った事実と、怒りすぎた後ろめたさを分けて対応できればいいのだとほっとしました。会に参加させてもらえたことに、おとーちゃんが話してくださったことに、開催してくださったことに、感謝します。
いただいた各種アンケートへの回答も、本当に本当に嬉しいです涙。

末筆ではありますが、改めて……保育士おとーちゃん、心からありがとうございました! 引き続き、日本の子育てを、どうぞよろしくお願いいたします……☆

>ブログ「保育士おとーちゃんの子育て日記」
http://hoikushipapa.blog112.fc2.com/


※参加者アンケートに未回答の方:こちらのリンクでまだまだ受け付けております。

※協賛してくださった「SIMPLE THINGS COFFEE(都立家政・自家焙煎珈琲店)」さま、「ママ癒し隊MITTY'S(中野・杉並でママ癒しデー開催中)」さま、「Trust Port(保育士・ベビーシッター等お仕事紹介)」さまにも、改めてお礼申し上げます。

※チラシ配布やWeb掲載や、相談会等のイベントを、どこでどう周知/広報すると良いのか/本当に必要な人へ届けるためにはどうしたら良いのか、も引き続き模索していきます。関連記事:<子育て支援活動のチラシを置いてくださる=情報を得られる場所【中野〜野方〜鷺ノ宮/練馬/高円寺】>
http://mazaruterasu.blogspot.jp/2017/12/blog-post_17.html

Share:

0 comments